MHFを振り返る:Gショックで引退したハンターが今感じる“特別な存在”

:『モンスターハンターフロンティア』を振り返る記録用アイキャッチ。
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MHFという特別な記憶──「終わったネトゲ」に今、想いを馳せる

最近、ふとMHF(モンスターハンターフロンティア)の動画を見返すようになりました。
あの頃の空気、熱量、そして独特の「緩やかなオンライン」が、どこか心地よくて。
そして何より、自分が去った後の未来のMHFが動画には残されています。

最新作ワイルズに対する評価を見ていると
“完成品を求められるコンシューマ”ならではの難しさを感じます。
ネトゲであれば、遊ぶ側も「大型アップデート前提」で構えているため、
ある程度、育っていく余地が許容されている。
長く運営されればされるほど、コンテンツは自然と蓄積されていく設計です。

ネトゲも現役より引退者がレビューすることが多いので
4gamerの読者レビューは辛辣になりがちでしたけど

コンシューマよりネトゲが長期目線を持てたのは、
月額課金という“安定した収益構造”があるという側面も大きいでしょう。
基本無料型のゲームであっても、ガチャやアイテム課金が収入源となり、
運営は定期的な更新を通じて利益を得ることができます。

しかし、コンシューマゲームは買い切りが基本。
販売後は、追加パックやDLCを出さない限り、
事実上“無償サポート”のような状態になってしまうのが大変なところです。

目次

思い出すのは、モンスターハンターフロンティア(MHF)

🌱オンライン専用のモンスターハンターと言えば『MHF』。
「紙集め」などの素材周回は、まさに“ネトゲらしい延命構造”でしたが、それも含めて思い出。

最近になってMHFのエンディングムービーを見ました。
MHFは終幕にも演出があって、最後の一週間にログインしていたハンターの名前がエンドロールで流れるという粋な仕様。
私はログインしていなかったので当然名前は載っていませんが、
最後までMHFと共にあったハンターにとっては忘れられない演出だったはずです。

最後ちょっとログインしようかな…と思いつつ
新PCにクライアントをインストールするのが手間だからと辞めたのが悔やまれますね

今になって買った“かつてのお宝”

私はいわゆる「Gショック(G1実装時の混乱)」でMHFから離れた身ですが、
先日、10周年パッケージと2012年パッケージをフリマで購入しました。

サントラ、設定資料、特典グッズ……。
かつてMHFが放っていた魅力が凝縮された“お宝”たちを、今になって手に取ってみて、
「自分にとってMHFという存在は特別」だと実感しました。

MHFを始めた頃の記憶と、消えかけていた景色

私がMHFを始めたのは、2008年の11月末〜12月頭あたり。
ちょうどシーズン3.5末期から4直前くらいのタイミングです。

旧ドンドルマの街並みも経験できていて、
シーズン5で「旧メゼポルタ広場」に移行する前の雰囲気も記憶に残っています。
しかし、ドンドルマよりも旧メゼポルタ広場の方が印象に残ってなかった。
ドンドルマより長くいたはずなのに
電撃のシーズン5の特集記事を読んで
「ああ、こんな感じだった!中央が高台だった!」と、ようやく思い出しました。

ギウラスと共にいた日々、そして去り際の不在

シーズン4からプロデューサーが杉浦一徳氏(通称ギウラス)に代わったそうですが、
私にとっては最初からギウラスのMHFだったので、MHFの顔といえば彼という印象です。

G1(MHF-G)実装が2013年4月。
私のMHF歴は4年半にも満たない短さですが、それでも十分に印象深い存在でした。

緩やかな繋がりと、深く刻まれた記憶

🌀MHFは、リアルマネーと時間を最も使ったモンハンだったと思います。
ネットカフェに通い、SR上げでパリアを回し、
休日は紙集めに没頭していました。

基本はソロプレイ気質だった私も、MHFでは無言の連戦募集にだけは参加していたんです。
参加の挨拶だけして、黙々と連戦。
そんな緩やかで無言の繋がりがちょうど良くて、だからこそ続けられたのかもしれません。

“歴史の1/4”を体験した原始時代のハンター

ネ実wikiでMHFの歴史を辿ってみると、

  • シーズン1〜フォワード5:約6年
  • G1〜G10.1:約3年
  • Z1〜ZZ(サービス終了まで):約3年

つまり、私がプレイしていた4年半はMHF全体の1/4ほど
原始の時代を生きた“古代ハンター”のような気分になります。

シーズンを原始とすれば、フォワードは稲作が始まった弥生時代とかかもしれません。

ギウラスの不在が寂しく思える今

10周年のメモリアルブックを読んでいると、
スタッフの対談や寄せ書きにはギウラスの姿がありませんでした。

おそらくカプコンとの別れは円満ではなかったのでしょう。
確かにG1の失敗や、手広く展開したCOGの他ゲームがうまくいかなかった面はあるかもしれません。

ただMHF関連で表舞台で確認されたのはMHF-Zの発表が最後ということなので
MHF-Gでは最後まで責任をもってやりとげたのだと思う。
ただ、BOF6など他のソシャゲで挽回できなかったのは大きかったのだろうか…

何だかんだでMHFハンターとしては、ギウラスは憎まれながらも愛された存在の一面もあった。
だからこそ、その痕跡が10周年メモリアルブックになかったことは、少し寂しさを感じさせました。

MHF以外の多くのゲームでPとして花咲かせられなかった責任持つのは仕方ないかぁ…と思いつつ
単なる1ハンターとしては、すべてが終わった今となってはもう憎しみも何もなく許したというか
俺は良くも悪くも忘れないよギウラス…フォーエバーギウラス。

それでもMHFは、生き抜いた

Gショック以降、運営のことを冗談にもできない空気が続きました。
だからこそ、あの混乱から立ち直って、さらに6年も続いたというのは引退勢から見れば奇跡のようです。
最初から最後までついていったハンターたちには、心から敬意を表したい。

消えない名前と、今でも覚えている猟団

当時から有名だった人たちは、ブログを見る限り最後までMHFにいたようです。
たとえばプロランサーのosk氏(MHF極道)や、2鯖の花だった猟団・薔薇乙女

サーバー統合後も、祭猟団・薔薇乙女は狩人祭を盛り上げ続けていたようです。
私自身は所属していた猟団の名前を忘れてしまったのに、
薔薇乙女御シェアwithブラザー会の名前だけは、今でも覚えています。
旧2鯖民としては、狩人祭を盛り上げてくれた花形とも言える猟団たちでした。

今は、ただ感謝を伝えたい

穿龍棍やマグスパの動画を見ると、
自分が辞めたあとも、MHFはしっかり進化を続けていたことが分かります。

今はもう、運営にも、歴戦のハンターたちにも、ただひと言だけ──
「お疲れ様でした」という気持ちしかありません。

そして、改めて思うこと

Gショックで離れた自分にとって、現役最後の印象は決して良いものではありませんでした。
でも今、時が流れ、怒りや戸惑いは薄れ、
残ったのは懐かしさと、愛しさでした。

フリマで購入した2012年と10周年パッケージの中身の“重量感”は、
まさにMHFという歴史そのものの重さだったと思います。

実家の押し入れには現役の時に買った2011年アニバーサリーのプーギーぬいぐるみがあります。
これが自分が現役の時に買った最後のパッケージ。
プレミアムパッケージのリアルグッズの豊富さなんかもMHFの魅力でしたね。

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この記事を書いた人

考えたことや学んだことを、静かにまとめています。
派手な発信よりも、自分なりの気づきを大切に。
ブログは、思考の整理と記録のための場所です。

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