徳島県神山町にある 明王寺のしだれ桜 を見に行ったのは、2024年4月4日。
満開のピークは少し過ぎていて、その時は「ちょっと遅かったかもしれないな」と思った。
でも2年後に写真を見返してみると、思っていたよりずっといい景色だった。
旅の写真は不思議だ。
その時は意識していなかったことまで、後からどんどん記憶が蘇ってくる。
この日は明王寺の桜だけでなく、
かかし、柑橘の無人販売所、船戸岩断層、そして廃校になった下分小学校など、神山らしい風景をいくつも歩いて回った日だった。
明王寺のしだれ桜へ|駐車場は下分小学校
神山町の明王寺は、しだれ桜で知られている寺。
ただ、この寺には専用の駐車場がない。
桜の時期は近くの 下分小学校 が駐車場のように使われている。
車を小学校に停めて、そこから歩いて寺へ向かう。
この時点で、もうちょっとしたイベントの導線になっている。
明王寺へ向かう道に並ぶ水戸黄門のかかし
小学校から明王寺へ向かう道には、かかしが並んでいる。
しかも普通のかかしではなく、水戸黄門一行。

- 水戸黄門
- 助さん
- 格さん
- うっかり八兵衛
- かげろうお銀
さらに少し離れた電柱のところには、風車を口にくわえた 風車の弥七。

顔の造形というより、
- 衣装
- 杖
- 刀
- 風車
こういう小道具でキャラクターを表現している。
でも御老公の顔だけは妙に表情があって、「これ初期バージョンじゃないな」と思わせる進化を感じた。
今ならこのかかしだけで5枚くらい撮っていると思う。
この日は旅写真習慣がなく2枚しか撮っていなかった。
神山町・明王寺のしだれ桜|見頃は少し過ぎていた
寺に到着すると、桜は見頃を少し過ぎていた。
一部の木の下の方は葉桜になり始めていて、
上の方はまだ花が残っている木もあった。
そして地面にはかなり花びらが落ちている。

その場で見た時は
「ちょっと寂しいかもしれないな」
という印象だった。
でも写真を見返すと違う。
枝にはまだ花がたくさん残っているし
散り初めでまだ葉桜も一部の木を除いて混じってない。
地面に落ちた花びらもきれいだった。
当時は木を見上げるばかりで、足元の花びらをあまり見ていなかったのかもしれない。
明王寺では6枚しか写真を撮っていなかった。
今だったらもう少し角度を変えて、何枚も撮っていると思う。
明王寺近くの柑橘無人販売所
寺の近くには、小さな 柑橘の無人販売所 があった。

木の屋根がついた簡単な販売所で、
プラスチックのカゴにビニール袋入りの柑橘が並んでいる。
段ボールの切れ端に手書きの値札。
- チャンドラ 100円
- あまなつ 3個くらいで100円
- はっさく 3個くらいで200円
お金は竹筒の箱。
筒に一文字の投入口が切ってあって、そこに入れる仕組みだった。
竹筒の上には白いビニール袋も置いてあった。
複数買う人用の持ち帰り袋だと思う。
この時は写真だけ撮って、結局買わなかった。
2年経った今、あの販売所がまだあるのか少し気になる。
船戸岩断層(ふなと岩断層)を歩く
帰り道、近くにある 船戸岩断層(ふなと岩断層) にも寄ってみた。
断層といっても、個人的には
「整備された散歩ルート」という印象だった。
看板にはQRコードもついている。

岩の周りには桜も植えられていて、
濃いピンクの花をつける桜もあった。
その桜もやはり見頃は少し過ぎていて、
- 枝には花
- 葉も出ている
- 地面には花びら
という状態。
岩の上に落ちた花びらが、思っていたよりいい景色だった。
近くにはレンギョウらしい黄色い花も咲いていた。
鮮やかな黄色が非常に目を惹いた。
下分小学校の廃校を歩いてみる
駐車場に戻ってきたついでに、
下分小学校の周りも歩いてみた。
学校は廃校になっているが、桜の時期には駐車場として使われている。

入口のガラスには
「神山AIR作品展示場 3階」
という貼り紙もあった。
どうやらアート展示などに使われることもあるらしい。
校庭には
- 二宮金次郎像
- 朝礼台
などが残っていて、いかにも小学校らしい風景だった。
廃校の広場に残っていた赤レンガの焼却炉
グラウンドの下には広場があり、そこに 赤レンガの焼却炉 が残っていた。
小さな煙突までレンガで作られている、昔の学校の焼却炉。
そういえば昔は学校で普通にゴミを燃やしていたな、と思い出す。
プリントや紙ゴミが多いからだろう。
今だったらこの焼却炉も近くで写真を撮っていると思うが
この日は上のグラウンドからフェンスごしの写真しかない。

体育館へ上がる階段でクモの巣に引っかかる
グラウンド下から体育館へ上がる階段もあったので登ってみた。
その途中でクモの巣に引っかかった。
顔ではなく、髪の毛に糸がつく感じのやつ。
人があまり通らない場所だったのだろう。
こういう細かい出来事まで、当時を思い出した。
昔は校舎と体育館が屋根付き通路で繋がっていた?
体育館の前には、木造の屋根付き通路が少しだけ残っていた。
トタン屋根の古い通路で、どう見ても途中で切れている。
おそらく昔は
校舎 → 屋根付き通路 → 体育館
という形で、雨でも濡れずに移動できたのだと思う。
今は途中で終わっているので、体育館に行くには普通に外を歩くしかない。
雨が降ったから体育館に行くのに、校舎から靴に履き替えて傘をささないと濡れる。
校舎の配置が変わったのか、通路が撤去されたのか。
そんなことを想像するのも面白かった。

写真はあまり撮っていない。でも旅の記憶はもっと残っている
この日の写真は全部で25枚くらいだった。
- 明王寺の桜
- 水戸黄門のかかし
- 無人販売所
- 船戸岩断層
- 下分小学校
今だったらもっとたくさん撮っていると思う。
焼却炉も、階段も、屋根通路も、全部近くで撮っているはずだ。
でも写真を見返していると、その日の空気や歩いた順番まで思い出せる。
旅の写真は景色を記録するものというより、
記憶を呼び起こすスイッチのようなものなのかもしれない。
そして散り際の桜も、思っていたよりずっと悪くなかった。
