天空の村かかしの里に行ってきた。かかし工房から旧名頃小学校、村歩きまでじっくり見た感想

天空の村かかしの里をテーマにした、やわらかい淡色のブログ用アイキャッチ。山あいの村、橋、学校、かかしの気配を淡く表現し、中央に文字を配置した16対9デザイン。
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2024年11月20日、天空の村かかしの里を歩いてきた。
実際に回ってみると、この場所は「かかしが多い珍しい村」として見るだけでは少しもったいなかった。
入口になるかかし工房には駐車場とトイレがあり、旧名頃小学校は校舎内には入れないが体育館は見学できる。さらに村の中まで少し歩くと、かかしだけでなく、この土地に残る生活の気配まで見えてくる。
この記事では、かかし工房、旧名頃小学校、体育館、村歩きの順に、実際に歩いて感じた印象を書いていく。

目次

まずはかかし工房へ。駐車場とトイレがあって入口としてわかりやすい

最初に立ち寄ったのは、かかし工房。
工房前は広場になっていて駐車場として使いやすく、綺麗な公衆トイレもある。見学の起点としていちばんわかりやすい場所だった。
山あいの静かな場所だけに、最初にここでひと息つける安心感は大きい。

かかし工房の前にある綺麗なトイレ

かかし工房の中は、展示というより集会所みたいだった

工房の中は、展示室というより集会所に近い空気だった。
部屋の隅には新聞紙や衣類の入った段ボールが積まれ、それ以外の場所には完成したかかしたちがあちこちにいる。整然と並べて見せるというより、そこに人が集まっているように見える。
鬼太郎とねずみ男のかかしまで混ざっていて、親しみやすさもあった。

左側に鬼太郎とねずみ男

工房の中には、寝転がっているような姿勢のかかしもいた。

後ろ姿しか見えないので本物っぽく見える。
顔が見えれば「かかしだな」とわかるのに
後ろ姿だと本当の人のように見える。

かかし工房内部、明るい雰囲気

かかし工房は「展示されているものを見る」というより、「そこに人がいる場所を覗いている」みたいな感じだった。

入口の床にはパンフレットが山積みに用意されていた。
日本語版の「天空の村 かかしの里 名頃」と英語版。
ほかに、「秘境とりっぷ三好市まるごとマップ」や英語の「Hidden Japan」も置かれていた。
足元の整った観光パンフレットが、この山奥の村が観光地となったことを知らせてくれる。

工房の外でいちばん目を引いたのは、窓に張り付く黒いかかしだった

工房の周りにも、もちろんかかしはたくさんいる。

その中でいちばん面白かったのが、窓ガラス越しに中を覗き込んでいる人物。
黒いポンチョと帽子のおばさんみたいなかかしだった。
他のかかしは椅子に座っているものが多いのに、そのかかしは二本足で立っている。
たぶん窓に張り付くような手で支えられているから立って見えるのだろうけど、それでもあれだけが妙に違っていた。

ただ置かれているというより、行動しているように見える。
しかも、こちらが工房の中を見ていると、向こうも一緒に中を見ている。
あの一体だけ妙に印象に残った。

一体だけ、工房の中を覗いているかかしがいる

橋を渡って旧名頃小学校へ。ここを子どもたちが通っていたんだと思った

かかし工房を見たあとは、橋を渡って対岸の旧名頃小学校へ向かった。

この橋を渡る時間がよかった。
ただ移動しているだけなのに、工房の空気から学校の空気へ切り替わっていく感じがある。
昔、名頃の子どもたちもここを渡って通っていたのだろうと思うと、
ただの移動なのに少し時間が巻き戻るような感じがした。

校舎の中には入れない。
入口の前には背の高い若そうなかかしと、うつむいておじぎしてるような少し小柄なかかしが立っていた。

何も喋らないのに、「今日は閉まっとるんよ、ごめんねぇ」と言っているような空気があった。
ただ人型が置いてあるのではなく、そこに役割があるように見えるのが面白い。

旧名頃小学校の校舎には入れないが、体育館は開放されていた

旧名頃小学校は校舎内には入れないが、体育館は開放されていた。
外から眺めて終わりではなく、中に入って見られる場所があるので、見学先としての満足感はきちんとあった。

体育館の中は、まるでかかしフェスティバルみたいだった。
綱引き、阿波おどり、壇上の結婚式と、にぎやかな場面が並んでいるのに音はない。
日が差していて怖さはないのに、その無音だけが場を支配していて、工房とはまったく違う静けさがあった。

体育館の内部、数多くのかかしたちがいた。

自由帳、提灯、校歌。体育館には学校の時間が残っていた

体育館の中には、マットの上で机を囲んでいるかかしたちもいた。
その机の上には自由帳があって、訪れた人たちが感想を書き残していた。
日本語だけでなく外国語もあった。

体育館には、展示だけでは終わらない学校の痕跡も残っていた。
机の上の自由帳には日本語だけでなく外国語の感想もあり、無音の空間の中でそこだけ今の言葉が続いている。壇上には「みなさんありがとう」の看板、上には提灯、壁には校歌も貼られていて、ここがたしかに学校だったことを強く感じた。

ここでは3番までちゃんと載っていて、1番には高くそびえる剣三嶺の峰々
2番には花や緑、紅葉や雪、祖谷川、3番には源氏平家の伝説が入っていた。
どんなメロディなのかは歌詞からはわからない。
でも、あの場所に校歌があるだけで、ここがたしかに学校だった時間が残っている気がした。

もしも卒業生が訪れたら、これを見て懐かしのメロディを口ずさめるだろう。

結婚式の壇上の両サイドに、かかしではない人形がいた

結婚式の壇上の両サイドには、雛人形と五月人形が飾られていた。
ここだけ、かかしではない日本人形だった。

同じ人の形でも、かかしとは少し質が違う。
壇上の真ん中では結婚式をしていて、その両脇には子どもの成長や節目を思わせる人形がある。

これもかつて名頃の子どもを持つ家庭のものだったのだろうか。
日本人には見慣れたものだが
外国人には良い文化展示かもしれない。

校庭にはかかしがいなかった。そのことが逆によかった

体育館を見終わって外に出て、あらためて校舎や校庭を見た。

校舎の中には、ガラス越しにサンタクロースたちのかかしが見えた。
クリスマスが近づいたら季節かかしは外に出るのかもしれない。
応接室なのか校長室なのかはわからないけれど、ソファに座っているおじさんたちのかかしもいた。

でも校庭にはかかしがいなかった。
グラウンドはそのままのグラウンドだった。

奥の外壁にも校歌が書かれていて、それ以外の壁には
昔の小学校の行事みたいな場面が描かれていた。
中にはかまくらの中にこたつがある絵もあった。
さすがにこの地域でそこまではどうなんだろうと思いつつ
でも名頃の冬の寒さと雪の思い出として
そういうかまくらがあったらいいなが子どもの心にあったのかもしれない。

村を歩くと、かかしだけではなく生活の名残が見えてくる

時間に余裕があるなら、かかしだけ見て戻るより村を少し歩いたほうがいい。
短時間でも回れる場所だが、寄り道したときのほうが、この村らしさはよく残る。自分にとっても、かかしそのもの以上に村の生活の名残を見られたことが大きかった。

今は工房前に新しめの綺麗な公衆トイレがある。
でも村の中には、かつて公衆トイレだったのだろうと思う小さなコンクリートの建物が残っていた。
道路側から男性用の小便器が見えていたので、たぶんそうだと思う。

かつてはここが公衆トイレだったのだろうか

営業していない名頃酒店もあった。
その前には郵便ポストが立っていて、まだこの村で誰かが手紙を出せば
郵便局員が回収に来てくれそうな雰囲気があった。

ポストがあると村としての生活感を感じる

こういうものを見ると、当たり前だけど、ここは最初から観光のためにある村ではなかったのだと感じる。
かかしの里は、かかしだけ見て終わるより、こういう生活の名残を見ながら歩いたほうが印象が深くなる。

美豆山神社にはかかしがいなかった

時期によって見え方や配置が少し変わる可能性があるので、写真で見た景色と完全に同じとは限らない。
そのぶん、固定されすぎていない現地の空気をそのまま見られる場所でもあると思う。

村の中には神社もあった。GoogleMAPでは美豆山神社というらしい。
鳥居や狛犬があって、イチョウの木が一本立っている。

他の人の写真では、この神社にもかかしがいた時期があるようだが、
自分が行ったときにはいなかった。
配置は時期によって変わるのだと思う。

この時は一本のイチョウが黄色で良い雰囲気だった。

美豆山神社

こういう少しずつ景色が変わる余白も含めて、固定された展示を見る場所とは違う面白さがある。

1年前に見たかかしも、少しずつ時間を受けていた

今回は、1年前に見た風景との違いにも少し気づけた。

村の中には、1年前にはモデルガンを持っていたハンター風のかかしがいた。
今回見ると、そのモデルガンはなくなっていた。

前の画像夕暮れなので暗いけどモデルガンもってます

薪場にいた、薪を抱えた黄色いジャンバーのかかしも覚えている。
1年前に見たときは、作ってもらったばかりなのかと思うくらい鮮やかな黄色だった。
それが今回見ると、紫外線や風雨を受けて色褪せていた。

こちらは黄色のジャンパーが色褪せてるのがよくわかる

1年前はただ羽織っていただけのジャンパーが
今回はちゃんとボタンまでして着込んでいる。
同じかかしでも少しの変化が起きていることで
名頃村の時間が止まっていないことを実感する。
そうしたことを、あの黄色いジャンバーがいちばんよく見せてくれた気がする。

作ろうとして作った名所というより、積み重なって文化になった場所

もともとは、カラスなどを追い払うために作ったかかしが始まりだったらしい。
それが続いていくうちに、今のような風景になった。

こういう話を聞くと、最初から名所を作ろうとして作ったというより、続いてきたものが気づけば村の風景になり、名物になっていった場所なのだと思う。

天空の村かかしの里は、静かな村の空気や生活の痕跡に惹かれる人には残る場所だと思う

逆に言えば、短時間で強い観光体験を求める人には、やや静かすぎる場所かもしれない。
何を見るかより、どう歩くかで印象が変わる場所だった。

ここは、派手な観光や消費を求めて行く場所ではないと思う。
かかしの数や珍しさだけでなく、静かな村の空気や生活の痕跡に惹かれる人ほど残る場所だ。

正直に言えば遠く、気軽に何度も来る場所ではない。前はもうこれで十分かなと思っていた。
でも今回じっくり歩いてみると、かかし工房の入口の空気、名頃小学校の体育館の静けさ、校歌、村のポスト、時間を受けた黄色いジャンパーのような細部が、あとからじわじわ残った。

天空の村かかしの里は、何かを買って満足する場所ではなく、歩いて見たものが静かに残る場所だった。

※この記事は2024年11月20日の訪問時点の内容をもとに書いています。
かかしの配置や展示、見学できる範囲などは時期によって変わる可能性があります。

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この記事を書いた人

徳島在住。徳島を拠点に、四国で実際に訪れた場所や食べた店を、体験ベースで記録している個人ブログ「カゼモノ帖」を運営しています。

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