鳴門スカイラインを西から東へ走っている途中、道路沿いに廃墟のような建物が見えた。
最初から心霊スポットを目指していたわけではない。
ただ走っていて、「何だあれ」と思った。
広めの駐車場があり、道路を挟んで陸橋もある。
初見では立ち寄りやすい場所に見えたが、実際には現役の休憩施設ではなかった。
かつてのトイレも封鎖されていて、ここを休憩場所として見込むのは難しい。
あとから調べると、このあたりはホテルニュー鳴門周辺として心霊スポット扱いもされている場所だった。
ただし、この記事はホテル内部に入った探索記ではない。
私が見たのは、駐車場から行ける上側の廃墟と、その周辺まで。
ホテルへ向かう下り坂の先までは行かなかった。
鳴門スカイライン途中で見かけるこの廃墟が、現地ではどう見えたのか。
そして、駐車場から見える範囲と、私が深追いしなかった場所の境目も含めて書いておく。
駐車場と陸橋があるので寄りやすいが、現役の休憩施設ではなかった
場所を確認するなら、Googleマップでは「旧:ドライブインみはらし」や「旧:ホテルニュー鳴門」の表記も見える。
ただ、ナビを設定するなら、Pマークのある中ケ谷駐車場のほうが見つけやすいかもしれない。
中ケ谷駐車場は施設側以外にも道路を挟んだ反対車線にも駐車場がある。
陸橋があるので、反対車線の駐車場に停めても安全に渡ることができる作りだった。

ただ、現地に残っているものはもう休憩施設ではない。
かつてトイレだった場所も、入口がブロックで封鎖されていた。

ここでトイレ休憩をすることはできない。
少なくとも私は廃墟のあと、四方見展望台のトイレへ向かった。
鳴門スカイラインでトイレ休憩を考えるなら、展望台側を見込んだ方が現実的だと思う。
立ち寄りやすく見える場所ではあるが、休憩できる場所ではなく、
あくまで道路沿いに残った廃墟だった。
廃墟のテラスからは、かつての見晴らしを想像できた
まず目に入ったのは、道路から見える廃墟だった。
建物の中は、かなり見える状態になっていた。
1階はがらんとしていて、ここがもともと何だったのか、現地だけで正確に読み取るのは難しい。

がらんとした空間の隣には、壊れたトタンや瓦礫のようなものが入り込んだ場所もあった。
きれいな状態ではなく、近づいて楽しむ場所というより、
もう傷んだ建物として距離を置いて見た方がいい場所だと思う。
この瓦礫のあるスペースは、かつて厨房だったのだろうか。
そう思ったのは、料理や食器を上階へ上げるための昇降機のような構造が見えたからだ。
人が乗るエレベーターではなく、厨房からテラス側へ料理を運ぶためのものだったのかもしれない。

2階にはテラスのような場所があり、かつてはテラス席として使われていたのだろうかと思わせる。
駐車場からは海が見えないが、2階からは遠くに海が見えた。
ここで食事をしたり、景色を見ながら休んだりしていた時代があったのかもしれない。
現地ではそう想像するしかないが、建物の形にはまだその名残があった。

吹き抜け鉄骨の廃墟は、現地ではホテルとは分からなかった
「瀬戸内海国立公園 鳴門」と書かれた看板がある西側にも、別の廃墟が見えた。
目立っていたのは、吹き抜けになった鉄骨のような大きな構造物だった。
あとから知ったが、ここはホテルニュー鳴門の屋上部分にあたるらしい。
ただ、現地ではそれがホテルとはまったく分からなかった。
私が見た印象では、宿泊施設というより、用途が抜け落ちた鉄骨とコンクリートの廃墟だった。

床はコンクリートで、一見するとしっかりしているようにも見えた。
ただ、下へ行く階段は抜け落ちていた。

あとからホテルの位置関係を知ると、あの抜け落ちた階段はホテル内部へ続く動線だったのだろう。
吹き抜けの鉄骨部分から下を見ると、さらに別の建物の屋上のような場所も見えた。
現地ではそれが何なのか分からなかったが、あとからホテルニュー鳴門周辺の位置関係を知ると、
鉄骨部分だけで完結している廃墟ではなく、下側にもホテル側の施設が続いていたのだろうと思う。
吹き抜けの鉄骨部分も、中の柱には落書きがあり、ところどころ荒れていた。
それでも、天気が良いと、吹き抜ける風は爽やかだった。
廃墟そのものは危ないし、きれいな場所ではない。
それでも、風と光が通る廃墟は、怖さより先に「風光明媚な廃墟」として見えた。
坂道は下らなかった。後から知ると、そこが一番の分岐だった
道路沿いの建物と、吹き抜け鉄骨の廃墟の中間地点には、下へ降りていける坂道があった。
坂道の先は草が伸びていて、道路沿いの廃墟とは少し空気が違って見えた。
「せっかくだし行ってみるか」とはならなかった。
ちょうどトイレに行きたくなってきたこともあり、これ以上ここで長居する気にはなれなかった。
今思うと、その引き返し方はかなり大きかった。

帰ってから調べると、その坂道を下った先にホテルニュー鳴門の入口があるらしい。
ホテルニュー鳴門は、鳴門スカイラインの心霊スポットとして語られている場所でもあり、
稲川淳二さんの心霊ロケが来ていたことも分かった。
一方で、ホテルにまつわる噂も出てくるが、そこは真偽まで確認できない。
この記事では噂の中身までは深追いせず、私が現地で見た範囲を中心に書いておく。
それでも、心霊スポットだと知ってから振り返ると、あの坂道を下らなかったことには妙な納得感があった。
知らずに行ったのに、まるでダンジョン前で引き返したような気分になった。
駐車場から見える廃墟は、まだ風と太陽の下にある。
でも、坂道の下にある廃ホテル本体まで進むとなると、たぶん空気は違う。
怖いのが少し苦手なら、そこまで確認しに行かなくてもいいと思う。
少なくとも私は、何も知らない状態でも坂道を下らなかったし、あとから知ってなおさら進む気にはならなかった。
四方見展望台へ戻ると、廃墟とは違う人の気配があった
廃墟をあとにして、私は四方見展望台のトイレへ向かうため、鳴門スカイラインを車で西へ戻った。
廃墟側とは違い、展望台には使えるトイレがあり、人の姿もあった。
展望台からはウチノ海が見える。
外海の大きな広がりというより、島や船、釣り用のいかだ群が浮かぶ、人の気配がある景色だった。

廃墟側の止まった空気を見たあとだと、その人の気配が少し安心できる。
同じ鳴門スカイラインでも、見える景色の温度が変わる感じがあった。
今回見た廃墟やホテルニュー鳴門周辺については、後から調べれば施設名くらいは出てくる。
でも、当時どんな外観で、どんな内装で、どんな人が立ち寄っていたのかは、今の店のようには出てこない。
今なら、誰かがスマホで写真を撮り、Googleレビューに残し、SNSに投稿する。
でも、ネットに残らなかった時代の場所は、名前だけ残って中身が抜け落ちていく。
鳴門スカイラインのあの廃墟は、ただ怖い場所というより、風景の中に残った古い観光施設の抜け殻だった。
駐車場から見える範囲だけなら、風と光が通る場所でもある。
ただ、廃墟は観光施設ではない。
建物は傷んでいて、安全とは言えないように見えた。
だから、ホテルへ向かう下り坂の先まで進まなかったのは、私にはそれでちょうどよかった。
駐車場も陸橋もあり、立ち寄りやすく見える場所だった。
でも、ここはその先まで深追いしなかったことも含めて、妙に記憶に残る場所だった。
